AI・RPA時代における経理・財務部門の未来像
~日本CFO協会・デジタルテクノロジー部会 幹事 櫻田修一氏に聞く~
AI・RPAの急速な普及により、経理・財務部門でも業務の自動化・効率化に役立てようという機運が高まっています。今後、経理・財務の現場にAI・RPAが取り入れられると、業務はどのように変化していくのでしょうか。日本CFO協会・デジタルテクノロジー部会幹事を務める株式会社アカウンティングアドバイザリー マネージングディレクターの櫻田修一氏に話を伺いました。
日本CFO協会・デジタルテクノロジー部会幹事
株式会社アカウンティング アドバイザリー
マネージングディレクター / 公認会計士
櫻田修一 氏
経理・財務部門の業務課題を解決するAI・RPA
― 企業の経理・財務担当者は、どのような理由から日本CFO協会のデジタルテクノロジー部会に参加していますか。
櫻田氏 日本CFO協会の前AI・ロボティクス部会(現デジタルテクノロジー部会)が2017年6月に無料ガイダンスを開催したところ、約150名もの経理・財務の管理職、担当者の方々が集まりました。経理・財務部門の業務は手作業が残っている業務領域も多く、月次・四半期ごとの決算時には恒常的な残業を強いられることがあります。また、国を挙げての働き方改革の取り組みが進められる中、業務を自動化・効率化すると言われる「AI」「RPA」がどのようなものなのか、先行導入企業の事例を含めて「本当のところはどうなのか、もう実務で使えるのか」といった情報を収集するために参加したのだと思います。
― 実際に経理・財務の現場では、AI・RPAの導入がどの程度進んでいますか。
櫻田氏 2018年1月に日本CFO協会とEYアドバイザリー・アンド・コンサルティングがRPAに関するアンケート調査を実施したところ、回答が得られた176社のうち約半数がRPAを導入済み、または導入検討中でした。この結果からも明らかなように、RPA導入の動きは非常に早いと感じています。RPAは比較的小さいプロジェクト、スモールスタートで始められることもあり、大規模なグローバル企業では導入がかなり進んでいます。ただし、中堅・中小企業におけるRPAの導入はこれからという段階です。
一方、AIの本格的な導入はまだ先という印象です。経理・財務部門がAIを単独で導入することは知識や人材面から難しいのが実情ですが、既に実用化されている機械学習による売掛金消込処理、OCRなど画像認識、不正検知、摘要欄の機械翻訳といった「そのまま使える形のパッケージソフトウエアに実装されたAI」から導入されていくものと見ています。
― 経理・財務部門がAI・RPAを導入するにあたり、どのような課題がありますか。
櫻田氏 RPAについては、まずは業務改革・効率化に取り組む経営者・当事者の意識に課題があります。経理・財務部門では、従来からの仕事の内容を自ら変えようとしない姿勢が見られることもあり、業務を自動化するRPAへの正しい理解が必要です。もう一つ、コスト面の課題もあります。最近はRPAのコストダウンも進みつつありますが、中小規模の企業も含め、本当に普及するのはERPや会計システムにRPA機能が取り込まれてからになると考えています*。
AIについては、今の日本の経理・財務部門で扱える人材がいないというのが一番の課題です。アナリティクス、統計分析にしても同様です。さらに一般に機械学習を実施するには教師データが必要になりますが、そのデータを自社で用意できるのは一部の企業に限られます。フォレンジックなどで使用する一部の特化型のAIでは少ない教師データでも機能する仕組みも登場してはいますが、経理・財務部門にAIの導入が進むには、クラウドシステムの普及にかかっています。クラウドシステムを提供するベンダーならば、例えばOCRで領収書や請求書の読み取り精度を上げるのにも、教師データを大量に入手できるからです。
(*SAP社はこの12月、RPAをERPであるS4/HANAやConcurなどのSaaSにもRPAを組み込んで行くと発表した)
― AI・RPAは、経理・財務の現場でどのように活用できるのでしょうか。
櫻田氏 CFO協会のアンケート結果では、「レポーティング/報告書作成」「経費」「単体決算作業」「売掛金処理/管理」「固定資産関係」「連結決算作業」「買掛金処理/管理」など、さまざまな業務領域にRPAを適用できていることが判っています。
AIについて期待値が高いのはやはり画像認識、言語処理による紙の証憑のデジタル化、予測業務の2つと思います。その他にはグループ企業の財務数値分析、予測による異常検知、取引データの不正検知、規則・マニュアル等の質問対応、業務プロセス分析などの業務に活用できると考えています。
AI・RPAの活用が進むと、定型業務はもちろん、定型的な分析業務、あるいは定型的なレポーティングや応答業務なども順次置き換えられていくことでしょう。
― すでにAI・RPAを活用している企業の導入事例があれば、ご紹介ください。
櫻田氏 ある大手製造業では、経理・財務部門の人材が新規採用できず、業務負荷に課題を抱えていました。ここにRPAを導入して定型業務を自動化したところ、月次・四半期決算ごとのピーク時の業務が効率化され、処理も迅速化するといった効果が得られています。
ある大手企業のシェアードサービスセンターでは、手書き伝票入力をデジタルしてRPAで会計システムに入力するようにしました。これは本来、基幹業務システムの更新が必要となるケースでしたが、更新時期までのタイミングをつなぐソリューションとしてRPAを活用した事例になります。
またある大手グローバル企業では、従来、システム対応は難しいと考えられていた海外取引における売掛金入金消し込みにRPAを適用しています。従来は人でないと判断できないと思われた業務について、業務担当者の思考をロジックツリー化し、RPAに実装した事例です。創意工夫によりRPAはさまざまな業務に適用可能であると思います。人の作業や、思考に近いところに位置するソフトウエアであり、デジタルレイバーと呼ばれる所以でしょう。
AI・RPA時代の経理・財務部門に求められる人材とは?
― CFOは、AI・RPAをどのように活用すべきでしょうか。
櫻田氏 AI・RPAは、あくまでもツールの一つであり、うまく使いこなすことが重要です。経理・財務系の基幹業務システムがサポートできていない機能だけでなく、ほかにもいろいろな使い方が考えられます。
AI・RPAというのは、経理・財務担当者が「人でなければできない業務領域」に注力して仕事をするための仕掛けです。「考える」「感じる」「判断する」「意思決定を行う」「コミュニケーションを図る」といった仕事に集中できるように、CFOにはAI・RPAを活用して欲しいと思います。
― AI・RPAが活用される時代になると、経理・財務部門にはどのような人材が求められますか。
櫻田氏 私は、今後の経理・財務部門に求められる人材像として、4つのタイプがあると考えています。
まず1つ目は、会計ファームや金融機関と同等の知識と経験を身につけた会計・税務・財務の専門家です。
2つ目は、会計・財務情報を完全に理解した上でITシステムを構築し、社会環境やビジネスの変化に応じて、あるいは先んじて変えていける企業内のイノベーションの担い手というべき人材です。
3つ目は、データの専門家です。財務・会計だけでなく非財務データも用い、ビジネス遂行のためのKPIを設定・展開して企業内外の“いま”を分析・把握し、さらに将来のビジネスシナリオをデータで表すことのできる人材です。
そして4つ目がデータを用い、事業・ビジネス遂行をサポートする人材です。社内のクリエーターや技術者など、新しい価値を生み出せる人たちは、必ずしも財務数値に詳しいわけではありません。彼らをサポートし、ビジネスの成果につなげるために、強力なコミュニケーション能力によりリーダーシップを発揮することが望まれます。
― では、CFOにはどのような資質が求められますか。
櫻田氏 CFOが目指すべき姿については日本CFO協会をはじめ、諸先輩方から多くの提言があります。もし私から何か申し上げるとすれば、大切なのは、CEOやビジネス・事業を推進する人たちに足りないものが何かを把握し、それを補って企業組織として機能するように形作る能力・資質だと考えます。ある領域の専門家でなくても「何が必要か」が分かれば、それぞれの分野を得意とする人材を配置し、全体をマネージすることができます。そういう意味からこれからはテクノロジーだけでなく、世の中の動きや情報を取捨選択できる能力も求められると思います。
資本主義の世界において、財務数値は企業活動の成果を表す「総まとめのデータ」と言えます。そうしたデータを意識して、組織や人材が動けるような指針を示し、各組織の役割のKPIをセットして組織が目標に向かって動けるようにするのが、CFOの仕事であると考えます。
― 最後に、これからAI・RPAを導入しようと考えるCFOや経理・財務部門に向けたアドバイスをお願いします。
櫻田氏 人材や資金に余力がある企業は、まずは取り掛かってみることが大切です。ただし、何のために導入するのかを考え、関係者と共有してておく必要はあります。スモールスタートで始めるにしても、「現状の課題がどこにあるのか」「どのように解決していくのか」を考えた上で導入しなければ、次につながりません。
RPAは適用可能な領域が広く導入しやすいという特徴がありますが、経理・財務領域ではERPをはじめさまざまな専門パッケージが存在します。もしかするとRPAを導入するよりも効果的なソリューションが存在する場合もあるので、何が課題解決につながるのかを課題の影響度、解決のタイムライン、投資規模などを勘案、見極めてから導入するようにしてください。
― ありがとうございました。
AIやRPAで新しい経理・財務を目指すためのヒントについて、詳しくはこちらのPDFをご覧ください。