経理・総務の豆知識
第9話 - 収益認識基準の影響で、付与したポイントの引当金計上は大幅見直し - 公開道中「膝経理」
こんにちは、有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士の中田清穂です。
2019年最初のテーマは、「付与したポイントの引当金計上の見直し」についてです。まだどうしても違和感を持つかもしれませんが、未来のポイント使用は売上からの直接控除が義務になります。
昨年、複数回にわたって新しい収益認識基準についてお伝えしてきました(前回はこちら)。体系的な考え方に触れてきましたが、今回から数回、個別の論点を深掘りしていきたいと思います。
今年も会計・税務に関する情報をできる限りわかりやすくお伝えしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
プロローグ
年が明けた。仕事始めから間もないキンコンカン株式会社の社内は、穏やかな雰囲気である。父親である先代から社長を引き継いで5年目を迎える幸田社長。今年はやるぞと意気込んでいたところ、急に社長室の扉が開いた。
消費者にとってはお得な、企業が提供するポイント制度だが、、
山下
一郎ちゃん、いる?
幸田
ちょっと悟、去年から何も変わっていないね。来るときはちゃんと連絡してって言ってるじゃん。
山下
細かいこと言うなって。いや~ね、一郎ちゃん。今ね、家電量販店の初売りセールに行って帰る途中だったんだけどさ、すっごくお得に買い物ができたから一郎ちゃんに見せたくてさ。
一郎ちゃん驚くよ、ほら、ドローンだよ。この買い物で得した気分になったから、飲みに行こ―っ!!
幸田
はあ。
山下
ほら、うちは工務店じゃん。お客様の自宅の屋根とか修繕場所がないかどうか、ドローンを飛ばして確認するのはどうかなあと思ってるんだ。ね、いいでしょ。おまけにさ、初売りセールはポイントが通常の5倍だったの!
幸田
それはお得だね。
山下
でしょ! だから今回でかなりポイントがたまったから、スマホをポイントで買い替えようかなって思ってる。なんかポイントって得した気分だよね。
田中
ほほう、山下社長。ポイントでお得な気分ですか。
山下
うわ~、またまた田中さん。いつからそこに立ってたの? 気づかなかった。
田中
山下社長、すみません。いつものように社長室のドアが開けっぱなしで、「ポイント」という言葉が耳に飛び込んできて、これは聞き捨てならないと思ったものですから……。
ポイントは企業にとって未知なる負債
田中
幸田社長、それから山下社長も、「引当金」という言葉を聞いたことがありますか?
幸田
引当金って、将来の支出や損失のことですよね。
山下
すげ~な、一郎ちゃん。よく勉強してるんだな。
田中
幸田社長のおっしゃるとおりです。引当金というのは、将来発生するかもしれない支出のことです。山下社長が初売りセールでドローンを購入され、その購入金額に応じて通常のポイントの5倍がもらえたという話でしたが、そのポイントも引当金の一種でした。
山下
どういうことですか?
田中
山下社長は一定数ポイントが溜まったからスマホを買い替えるとおっしゃいました。将来、山下社長がポイントを使ってスマホを購入されたら、それは家電量販店側にとっては、入金もないのに「スマホ」という「商品」が減りますよね。だから「損失」と言えるのです。
幸田
悟がこれまでためてきたポイントで購入したら、お金を支払わなくても買い物ができて得だけど、ポイントを付与した企業側にとっては、お金が入ってくるわけじゃないですもんね。
田中
「収入もないのに商品だけが減ってしまう」という、将来発生する可能性が極めて高い損失ということになります。
山下
でもポイントって家電量販店だけでなく、あらゆる買い物で加算されますよね。飛行機に乗ったらマイレージがたまるし、食事してもたまるし、電車に乗ってもたまる。何でもポイントつくし、僕なんかポイント大好きだもん。
田中
おっしゃるとおりです。各企業が独自に発行する会員カードだけでなく、他社のポイントも付与するポイントなど、ポイント発行による将来的負担は、企業にとって恐ろしい負債として、これまでも問題になってきました。
負債の未来をやっぱり予測する
幸田
ポイントやマイレージ以外に、引当金で経理処理してきたものって他にありましたっけ?
田中
牛丼を食べたときにもらえる「牛丼50円引き券」などのクーポン券もそうですね。
山下
ちょっと待ってくださいよ~。僕のポイントは僕のもの。僕がいつ使うかなんて僕の勝手でしょ。だとしたら、企業側にとっての負債がいつ発生するのかわかりませんよね? つまり実際に僕がポイントを使うまで、会計処理できないと思うんだけど。
田中
そう思いますよね。その「未来に使う可能性のあるポイント」なども、ポイントを付与した時の売上高から控除することになります。将来どのくらいポイントを使うかを予想して、売上高から減額する金額を見積もらないといけなくなったのです。
幸田
えっ!? 引当金だとしたら売上高からの控除ではなくて、費用を計上するんじゃないの?
田中
社長、するどいご質問です!従来、ポイントを付与すると“引当金”という「負債」を計上し、それは同時に”引当金繰入高”という「費用」を計上してきました。
幸田
楽天なんかも計上してましたよね。
田中
その通りです。
山下
それじゃいけないんですか? 何か変わったんですか?
田中
いけないんです。変わったんです。
山下
何が変わったの?
幸田
会計基準が変わったってこと!!
山下
あー、そっかぁ~。
田中
昨年公表された「収益認識基準」です。昨年度から早期適用ができるようになっています。
将来使うポイントの計算例
幸田
でもどうやって、将来使うポイントを予測するの?
田中
測定方法に決まりはありませんが、いろいろな方法がありますよ。まずは過去のポイント利用率です。例えば3年間にどの程度ポイントが使われてきたのか、その実績を集計し、3年間の平均値を、将来の利用率として使うやり方です。
幸田
確かにそれなら一応、計算はできますね。でも、起業して間もない実績がないときに、初めてポイントを付与する場合だと、過去のデータがないと予測できないってことにはなりませんか?
田中
そうした場合は、同じ業界のポイントの利用実態などがあれば、その統計データを参考にすることも考えられますね。
幸田
どんな手を使っても、見積もらないといけないってことですか。
田中
そうです。会計基準が変わったことで、考え方を変えないといけないことがあります。それは「未来のことだからわからない、だから売上高からの控除はしない」などと逃げることは、一切できなくなったと肝に銘じることです。
幸田
何が何でも見積もれと。
田中
もし、「どうしても見積もれない状況にある」ということになると、確定している金額しか売上計上できないのです。ですから、社内や社外にある、ありとあらゆる情報や資料をもとに見積もることが重要です。たとえポイントがいつ使用されるのかわからなくても、未来を予測しなければいけないのです。
幸田
「確定している金額」ってよくわかりません。
田中
たとえば、家電量販店が10,000円の商品を売ったときに、顧客に100ポイント付与したとします。
山下
100円で1ポイントのやつね。
田中
その場合、家電量販店は、「10,000円分の商品」と「将来の100円分の商品」の合計10,100円の商品を顧客に提供することになりますね。しかし、お客様からいただくお金は、10,000円だけです。
幸田
これまでは、「10,000円分の商品」を売ったときに、10,000円の売上げを計上してましたよね。そして、将来のポイントの利用率などが見積もれない場合には、引当金として、負債も費用も計上しなくてよかったんでしょ?
田中
そうです。しかし、新しい会計基準では、10,000円全額の売上計上はできません。「10,000円分の商品」を売ったときは、「10,100分の10,000」円(9,901円)しか計上できません。残りの「10,100分の100」円の部分は、将来のポイントの利用率が見積もれないと、「10,000円分の商品」を売ったときの売上には1円も含められないのです。
幸田
つまり「10,100分の10,000」円が「確定している金額」ですね。
山下
じゃあ、将来のポイントの利用率が見積もれたらどうなるんですか?
田中
もし過去の実績などで、付与したポイントを使う率が80%だったとしたら、将来、ポイントが使われて提供する可能性のある商品の金額は、100ポイントのうちの80ポイント、つまり「80円」分になりますね。
山下
そりゃ、そうだ。
田中
したがって、「10,000円分の商品」を売った時は、「10,080分の10,000」円(9,921円)を売上計上することになります。
山下
あっ、20円増えた!!
田中
そうです。見積もることができれば、それだけ最初に売上計上できる金額も増えることになるでしょう。
山下
しかし、ややこしい……。まだ飲み始めてもいないのに吐きそうだ~。
~次回、「割賦販売の延払基準の廃止」に続く~
中田の一言
今回は、ポイントに関わる会計処理という、個別の論点を深掘りしたので、ちょっと細かい計算例まで示しました。
しかし、今後の数回も、個別の論点を取り上げます。今回同様、設例も交えていきたいと考えています。また、「売上の計上」という会計処理に、今までは全くあり得なかった「見積もり」という作業が必要になることを、改めて理解していただけたのではないかと思います。
公開道中「膝経理」(リンク集)
第1話「慣習に過ぎなかったこれまでの売上計上手続 」
第2話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(前編)」
第3話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(後編)」
第4話「日本の会計制度に影響を与えているIFRS(国際会計基準)とは?」
第5話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その1)」
第6話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その2)」
第7話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その3)」
第8話「見逃せない、収益認識基準が法人税・消費税に与える影響とは?」
第9話「収益認識基準の影響で、付与したポイントの引当金計上は大幅見直し」
第10話「収益認識基準への改正で割賦販売の延払基準が廃止に」
第11話「収益認識基準では返品の見積を考慮した売上計上が必要に」
第12話「収益認識基準で売上計上が禁止になる有償支給取引とは?」
第13話「収益認識基準の登場で工事進行基準は廃止」
第14話「収益認識基準では、本人か代理人かで売上が激減することもある」
第15話「収益認識基準では、延長保証サービスの会計処理も変わる」
第16話「収益認識基準で「重要性の判断」はどうする?」
監修者プロフィール
中田 清穂(Nakata Seiho)
公認会計士、有限会社ナレッジネットワーク代表取締役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員
1985年青山監査法人入所。1992年PWCに転籍し、連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年独立し、有限会社ナレッジネットワークにて実務目線のコンサルティングを行う傍ら、IFRSやRPA導入などをテーマとしたセミナーを開催。『わかった気になるIFRS』(中央経済社)、『やさしく深掘りIFRSの概念フレームワーク』(中央経済社)など著書多数。
ちなみに、連載タイトルは「東海道中膝栗毛」からです。「膝経理って何?」という質問が多かったので、お知らせです。(編集部)
監修:中田清穂 / 執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔