経理・総務の豆知識
第11話 - 収益認識基準では返品の見積を考慮した売上計上が必要に - 公開道中「膝経理」
こんにちは、有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士の中田清穂です。
前回の「割賦販売の延払基準の廃止」に続いて、今回の連載のテーマは「返品の見積を考慮した売上計上」です。前回に続き、将来的に発生することが予測される売上の変動について、どのように収益認識をすればいいのかについてお伝えしていきます。
プロローグ
キンコンカン株式会社の幸田社長は、スーパー経理部長こと田中経理部長と社長室でミーティングを行っていた。一段落した幸田社長は、田中経理部長に対し、これからのキンコンカン株式会社の経営戦略について熱く語る。その話に深くうなずく田中経理部長であった。
次期決算に向けて考えておきたいこと
幸田
田中さん、近いうちに部長クラスを皆集めてミーティングを行いましょう。前期の決算では、収益認識に関する会計基準が変わってバタバタしましたよね。
田中
変化があるときは、少なからず波が立ちます。
幸田
だけど、田中さんから、いろいろ教えてもらうことで、新しい会計基準にともなう変更部分を経営に活かせたらなと思うようになったんです。
田中
おっしゃるとおりです、社長!
幸田
そのためには、部長クラスの社員も知っておいたほうがいいことってたくさんあるような気がして。
田中
そうですね。前期は収益認識に関する会計基準が改正されたため、経理の現場も多少混乱いたしました。
しかしながら、チームのメンバーが頑張ってくれましたので、12月の決算は無事終了しました。じっくり腰をすえて戦略を練り、具体化していくには良いタイミングかと思います。
幸田
僕からも経理部のみなさんに改めて「決算お疲れさま」って声をかけておかなくちゃな。
田中
経理部のメンバーも喜びますよ。いや~、最近の社長は、社長らしい風格が備わってきたというか。先代からキンコンカン株式会社に尽くしてきた私としては、嬉しい限りです。
幸田
頼りない社長ですみませんね。
田中
あら、嫌味に聞こえました? しかしながら社長、決算が終わったからといって、収益認識に関する会計基準の改正に、すべて対処できたというわけではありません。これからも一層、気を引き締めていかなければなりません。
幸田
どんなことに気をつけたらいいんですか?
田中
そうですね。たとえば「返品の見積を考慮した売上計上」です。
幸田
なんじゃそりゃ? またややこしそうな話ですね……。
返品調整引当金制度の廃止
田中
収益認識に関する会計基準が改正されたタイミングで、「返品調整引当金制度」が廃止されました。
幸田
ちょっと待ってください。そもそも返品調整引当金とはなんですか。
田中
販売した商品や製品が、品違いや不良品などの理由で返品されてくる場合がありますよね。また、通信販売などでは、クーリングオフ制度で、納品後1週間以内は無条件で返品に応じなければなりません。
幸田
返品されると、一度計上した売上を取り消さなければなりません。
田中
そうなんです。これまでの会計基準では、販売した時に売上を計上し、決算時に、返品の可能性が高い場合には、返品される金額を見積もって引当金を計上していました。
幸田
売上高はそのままで、将来の返品で失う可能性のある利益を減らしていたんですね。
田中
その通りです。実際に返品があった年度には、引当金を取り崩して、利益に影響が出ないようにしてきたのです。しかし、今回の改正によって、この制度は廃止されました。
引当ではなく、売上の段階で返品数も見積もる
幸田
廃止されたということは、違う会計処理のルールが定められたってことですか?
田中
その通りです。返品が見込まれる場合には、引当金を計上するのではなく、販売時の売上から引いておくのです。
幸田
販売時の売上高が減るんですね?
田中
そうです。
幸田
返品を正確に予測することなんてできないと思うけど……。
田中
そこが、今回の収益認識における会計基準の改正の特徴と言えるところです。例えば、「ポイント引当金」なども同じ考えです(第9話参照)。何においても、将来生じる可能性のある事柄を予測し、会計処理に取り込んでいくことが求められます。
幸田
念のために確認していいですか? この「返品調整引当金の廃止」というのは、会計基準だけの話であって、税務上は従来通りの手続きで「引当金」での処理ができるんですよね?
田中
いいえ。法人税制でも廃止されました。経過措置があるので、すぐに全額が否認されるわけではありませんが……。
幸田
ということは、この「返品」に関わる変化は、上場していない非上場企業にも影響があるのですね?
田中
その通りです。
幸田
念のため、悟にも教えておこう。それにしても、将来の予測をしてばっかり。何だか面倒ですね……って、僕が計算するんじゃないけれど、経理部は大変だな。
田中
経理部のメンバーも最初は混乱していましたし、新しい会計基準の仕組みを十分に理解してもらうには時間が足りなかったので、まずは私の指示に沿って決算を行いました。
幸田
そうなっちゃうよね。
田中
もちろん今後、理解を深める機会を持ちたいとは思っていますが、新しい会計基準について十分理解している経理人材は、日本企業の中でも非常に少ないと思いますね。
幸田
僕には何が正しいのかなかなか判断できないけど、原則主義になると、ルールは自分たちで作らなければならないということだから、ルールを作らなければならない経理部門の負担は増えるばかりのような気がするな。
田中
そういう面は確かにあります。でも、わが社に必要ないと思えば、やらなければいいのですよ。
幸田
え! 田中さんってそんな権力者なの? お上が決めたことに歯向かうってこと??
会社における「重要性」の尊重
田中
いやいや、幸田社長は勘違いされている。私にそんな権力はありません。
幸田
おかしいでしょ、お上が決めた会計基準に従わなくていいなんて。大丈夫ですか? 「キンコンカン株式会社は違法だ」と怒られるんじゃないですか?
田中
そんなことはありません。私たちには「重要性」というものが認められていますから。
幸田
重要性?
田中
はい。会社にとって重要性がない場合には、その会計基準に従う必要がないということ自体が、会計基準に明記されているのです。もちろん条件はあります。
例えば、うちの2つのビジネス、ガソリン自動車向け事業とEV車向け事業で見てみましょう。これまでのいわゆるガソリン自動車向け事業は、我が社の屋台骨となっている大きな事業です。対して、EV車向けの事業は全体の売り上げの1%にも満たないし、毎期損益もまだトントンの事業です。
幸田
1%に満たなくても、会社にとっては大事な事業ですよ。
田中
ガソリン車向け事業はわが社の経営面に多大な影響を与える事業ですから、新しい会計基準をきちんと適用するのは当然といえます。しかし、1%にも満たないEV車向け事業に対して、新しい会計基準を厳格に適用させるために必要な負担を考えると、割に合わないでしょう。
こんなとき、「重要性が乏しい」ということで、厳格には対応しないことができるのです。
幸田
経理部のメンバーは、前期の決算で変更事項が多くて大変だったんだから、その負担を軽減できるなら、可能なかぎり軽減してあげたいって思っちゃうな。
田中
そうですよね。そのような場合は「重要性」がないことをきちんと検討した上で、会計基準には従わないという選択をすることができます。
幸田
でも、それってちゃんと新しい会計基準を理解しておかないと判断できないことですよね? どこまで「重要性」を適用してもいいのかなんて、簡単に判断できないでしょ?
田中
おっしゃるとおりです。「重要性」については、また改めてご説明してもいいでしょう。ただ、決められた基準のすべての条文に従うことだけが会計ではないというのが大事な考え方です。現場で判断すべきことは、山のようにあります。これからの経理担当者には、正確に集計する力以上に、思考力が求められるんです。
~「収益認識基準で売上計上が禁止になる有償支給取引とは?」に続く
中田の一言
今回は、「返品」に関わる会計処理や手続きが変ったことを取り上げました。一見、「引当金(負債)」なのか、「売上」なのかというと、単なる会計上の問題のようですね。しかし、「売上高が変わる」となると、営業や事業部門の評価指標にも影響が及ぶ可能性が高く、また、経営計画に記載する売上高や利益にも影響が及ぶこともあるでしょう。
大切なことは、会計基準の変化を「きっかけ」にして、その変化の本質を見極めて、経営や社内評価をより適切にしていくことを「考える」ことだと思います。
公開道中「膝経理」(リンク集)
第1話「慣習に過ぎなかったこれまでの売上計上手続 」
第2話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(前編)」
第3話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(後編)」
第4話「日本の会計制度に影響を与えているIFRS(国際会計基準)とは?」
第5話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その1)」
第6話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その2)」
第7話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その3)」
第8話「見逃せない、収益認識基準が法人税・消費税に与える影響とは?」
第9話「収益認識基準の影響で、付与したポイントの引当金計上は大幅見直し」
第10話「収益認識基準への改正で割賦販売の延払基準が廃止に」
第11話「収益認識基準では返品の見積を考慮した売上計上が必要に」
第12話「収益認識基準で売上計上が禁止になる有償支給取引とは?」
第13話「収益認識基準の登場で工事進行基準は廃止」
第14話「収益認識基準では、本人か代理人かで売上が激減することもある」
第15話「収益認識基準では、延長保証サービスの会計処理も変わる」
第16話「収益認識基準で「重要性の判断」はどうする?」
監修者プロフィール
中田 清穂(Nakata Seiho)
公認会計士、有限会社ナレッジネットワーク代表取締役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員
1985年青山監査法人入所。1992年PWCに転籍し、連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年独立し、有限会社ナレッジネットワークにて実務目線のコンサルティングを行う傍ら、IFRSやRPA導入などをテーマとしたセミナーを開催。『わかった気になるIFRS』(中央経済社)、『やさしく深掘りIFRSの概念フレームワーク』(中央経済社)など著書多数。
ちなみに、連載タイトルは「東海道中膝栗毛」からです。「膝経理って何?」という質問が多かったので、お知らせです。(編集部)
監修:中田清穂 / 執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔