経理・総務の豆知識
第13話 - 収益認識基準の登場で工事進行基準は廃止 - 公開道中「膝経理」
こんにちは、有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士の中田清穂です。
前回の有償支給取引の扱いに続き、今回ご説明するのは、「工事進行基準」についてです。「収益認識に係る会計基準」が新たに開発されたことに伴い、「工事進行基準」は廃止されることになります。特に土木・建築関連、あるいはシステム・インテグレータ(SIer)など、長期請負契約を伴う仕事に携わっている企業にとっては、大きな制度変更です。また、ソフトウェアの受託開発を行う企業も、同様に影響を受けることになります。
キンコンカン株式会社の幸田社長の友達である山下悟社長は、工務店を営んでいます。山下社長にとっても驚きの会計制度変更だったようです。彼らのやり取りを聞きながら、これまで「工事進行基準」で会計処理をしてきた長期請負契約の取扱の変化について、理解していきましょう。
プロローグ
キンコンカン株式会社の幸田社長は、田中経理部長から「収益認識に係る会計基準」が新たに開発されたことで生じるさまざまな経理上の変更事項について話を聞いている。そこに工務店を営む山下悟社長が、勢いよく飛び込んできた。またしてもにぎやかになった社長室。話題の中心は、「工事進行基準によって会計処理に影響が出てくること」のようだ。
工事完成基準と工事進行基準
ちわーっす。あ、田中さんもいらっしゃる。ちょうどいいや!
悟、またノックしなかったね。一応さ、ここは社長室なの。他社の人間に知られてはいけない企業秘密だってあるかもしれないじゃん。気をつけてくれなきゃ困るよ。
はいはい、はいは~い。
おいおい、聞いてるのかよ。
こんにちは、山下社長。今日はどんなご用事で。また飲みのお誘いですか?
違いますよ。俺だって、いつも飲んでるわけじゃないんです。真面目に話を聞きたいときだってあるんですから。今日は、田中さんに教えてほしいことがあってさ。
ちょ、ちょっと。田中さんはうちの経理部長なんだから、勝手に使わないでよ。
ほんの少しだけ確認したいことがあるだけだから。そりゃ、うちの会社にも経理部長はいるよ。もちろん信用しているんだけどさ、田中さんは1つ聞いたら10も20も教えてくれるでしょ。なんていうの? シー、シーエフ、なんだっけ?
CFOでしょ。
そう、それ。そういう感じなんだよね。単なる経理部長って感じではないんだよね。
もちろん私はスーパー経理部長ですから、ひと味もふた味も違う経理部長でありたいと思っております。さ、どうぞ。何なりと聞いてください。
そうこなくちゃ。それで本題なんだけど、最近、「工事進行基準」を適用できる案件が限定されちゃったって話。うちは長期で請け負う事業が多いから、今後どうなるのかなって心配になっちゃって。
そうでしょう。「工事完成基準」と「工事進行基準」とでは大違いですからね。
完成と進行で何が違うの?
例えば、山下社長のところで、完成まで1年以上かかるショッピングモールの建設を請け負っているとします。工事がすべて終了した段階まで売上計上できないのが「工事完成基準」です。一方の「工事進行基準」は、工事の途中でも、その時点までの進み具合に応じて売上を計上することができます。
「工事進行基準」という考え方がなくなる?
うちは上場企業じゃないけれど、これまでは、長期間の案件を基本「工事進行基準」でやってたんだよね。うちの経理部長は、「きちんとした会計基準があるから、そのルールに従った処理だ」って言ってたよ。
「工事進行基準」が適用できなかった場合、悟の工務店にはどんなデメリットがあるんだろう?
山下社長が請け負っている大型ショッピングモールの建設や、道路や橋といった土木、それから船舶やソフトウェアの受託開発も長期間かかりますね。完成するまで売上計上できないとなったら、利益も出ませんから、社員のボーナスも出せなくなるかもしれませんね。
俺の会社は、いくつかの案件がいつも走っているから、全く売上が計上されない年ってのはないんだけど、小規模の会社で案件の少ない仲間うちでは、笑えない話がある。完成した年は、ドカーンと売上が計上できるけど、完成するまでの数年間は、全く売上が計上できなくて、赤字が続くことが確実だって。
それは確かに厳しいな。
しかし、「工事進行基準」を適用できるなら、完成していなくても工事の進み具合に応じて、売上計上することもできるわけです。
なるほど。つまり年度ごとの売上の変動が少なくなるってことか。
そうですね。2009年4月1日以降、「工事契約に関する会計基準」の適用により、原則として工事進行基準で会計処理をすることになったわけです。しかし、このたび新しい会計基準の開発に伴い、「工事進行基準」が廃止されることになってしまいました。
普通の製品販売も長期請負契約もソフトウェアの受託開発も、差別することなく、「収益認識に係る会計基準」にしたがって会計処理をすることになります。主に上場企業を中心として、2021年4月から強制適用になります。
「工事進行基準」そのものがなくなっちゃうってこと?
そうですね、「工事進行基準」という言葉も使われなくなります。
決算書の数字が変わる!?
心配したほうがいいのかな?どうしたらいいのかな?
「工事進行基準」でも今回の新基準でも、「工事に関する原価の総額」が見積積算書などで適切に計算できることが必要で、また、その年度の決算日までに発生した「工事原価の当期発生額」の集計などが適切にできることが必要であることに変わりはありません。
「工事原価の総額の見積り」とか「当期発生額」とか、集計する仕組みや手続きだけでも、結構大変なんだよね。
しかし、新会計基準では、これまでの会計基準に加えて必要な要件ができました。
「工事進行基準」のような会計処理を続けるためには、どんな条件が必要なの?
仮に、クライアントの都合で工事の中断や中止などを言い渡された場合でも、それまでの工事に関して請求できるかどうかを判断しなければいけなくなります。
まあお客様の都合で中止になったら、それまでかかったコストは請求できることもあるけど、建設業では実際なかなか難しいなぁ。
請求できる金額がコストだけではダメなんです。
コスト以外に何を??
通常の取引でコストに乗せている利益です。
完成させられなかったのに、コストに利益を乗せて請求する? そんなこと、とてもとてもできませんわー。
それができないと、従来の「工事進行基準」のような会計処理はできません。
ってことは、工事が完成するまで売上を計上できなくなるんだね、やっぱり。うそでしょう、そんなの嫌だ~。
ですから契約の段階で、もしものときの対応について取り決めを行うといった必要が出てくるかもしれません。企業には、将来を見通して先手を打つ確かな目が、今まで以上に求められるようになるでしょう。
山下社長、飲み歩いている場合ではありませんよ。
はぁ~、もっと勉強しなくちゃな。
~次回、「収益認識基準では、本人か代理人かで売上が激減することもある」に続く
中田の一言
この連載に登場する山下悟社長の工務店は、上場していないので問題ないかもしれませんが、「工事進行基準」のような会計処理ができなくなってくると、今までの「売上高」を重点的に分析する財務諸表の見方では、投資家などが判断を誤ることも出てくるでしょう。
工事が完成するまで売上計上ができなくても、その会社の「収益力」を見る方法があります。それは、「受注高」です。「受注高」は、顧客からの注文がいくらあるかを把握できます。そして「受注高」は、工事が完成していようがしていまいが、関係ない情報です。
分析しようとする企業の「収益力」を把握するには、「売上高」よりも「受注高」をきちんと見ることの方が有用だと思います。
しかし、「受注高」は、今回の新基準でも財務諸表には記載されません。注記を要求するかどうかは、今後強制適用になる2021年までに決めることになっていますが、ベースになっているIFRS第15号(収益認識基準)でも、「受注高」そのものの注記開示は求められていなので、日本の基準として注記での開示を要求される可能性は非常に低いでしょう。
「受注高」と「売上高」は、強い関連性を持っています。注文を履行することで、ほぼ売上になるからです。「工事進行基準」的な会計処理を採用しにくくして、売上高の計上を遅めになるようにしておきながら、「受注高」の開示を要求していない、今回の日本の会計基準やIFRS第15号には、大きな欠陥があると感じています。
工事進行基準ではなくなったとしても、経営情報としては、企業活動(実際に工事を進めていること)に対応した売上を把握することは、事業部や従業員の業績を評価する上でも、いずれにせよ意味のあることだと思います。
会計基準の変更は、経理担当者など関連各所だけが知っておくべきものではなく、大枠でいいので理解していると役に立つ機会があると思います。マネジメントクラスの必要条件として、興味を持っていただきたいですね。
公開道中「膝経理」(リンク集)
第1話「慣習に過ぎなかったこれまでの売上計上手続 」
第2話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(前編)」
第3話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(後編)」
第4話「日本の会計制度に影響を与えているIFRS(国際会計基準)とは?」
第5話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その1)」
第6話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その2)」
第7話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その3)」
第8話「見逃せない、収益認識基準が法人税・消費税に与える影響とは?」
第9話「収益認識基準の影響で、付与したポイントの引当金計上は大幅見直し」
第10話「収益認識基準への改正で割賦販売の延払基準が廃止に」
第11話「収益認識基準では返品の見積を考慮した売上計上が必要に」
第12話「収益認識基準で売上計上が禁止になる有償支給取引とは?」
第13話「収益認識基準の登場で工事進行基準は廃止」
第14話「収益認識基準では、本人か代理人かで売上が激減することもある」
第15話「収益認識基準では、延長保証サービスの会計処理も変わる」
第16話「収益認識基準で「重要性の判断」はどうする?」
監修者プロフィール
中田 清穂(Nakata Seiho)
公認会計士、有限会社ナレッジネットワーク代表取締役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員
1985年青山監査法人入所。1992年PWCに転籍し、連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年独立し、有限会社ナレッジネットワークにて実務目線のコンサルティングを行う傍ら、IFRSやRPA導入などをテーマとしたセミナーを開催。『わかった気になるIFRS』(中央経済社)、『やさしく深掘りIFRSの概念フレームワーク』(中央経済社)など著書多数。
ちなみに、連載タイトルは「東海道中膝栗毛」からです。「膝経理って何?」という質問が多かったので、お知らせです。(編集部)
監修:中田清穂 / 執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔