働きかた改革
インタビュー対談:紙が消えた国。電子国家エストニアに見る日本の未来
世界最高峰の電子政府を整備するエストニア、日本でもマイナンバーをはじめとする取り組みが進展しています。今回は元エストニア投資庁 日本支局長の山口 功作 氏にお話をお伺いしました。
日本では行政サービスを受けるため、紙の申告書類と証明書類を持参しながら、関係機関を歩き巡るという光景が一般的です。エストニアでも教育、医療、税務申告、各種住民サービス等、日本と同様に行政サービスが存在しますが、エストニアにはこのような光景はほぼ存在しません。
エストニアが紙から電子政府に至った背景、そして人口減少が続き、働き方改革が求められる日本のこれからについてお話をお伺いしました。
(元エストニア投資庁 日本支局長 山口 功作 氏)
地方に行政サービスが届けられない!から始まった電子政府の萌芽
柿野:まず、エストニアが電子政府を目指すきっかけになった背景を教えていただけますか。
山口氏:エストニアは1991年に旧ソ連から独立回復をし、ちょうど今年で、建国100年を迎えます。凍らない港が存在しえる北限にあたり、クリミア半島同様、欧州とロシア双方にとって戦略的要衝と言える場所に存在すると言ってよいと思います。
人口はおよそ130万人、首都タリンに40万人抱え、東京の三倍を超える一極集中化が進んでいます。日本同様、行政サービスは全国民に同等レベルのサービスを均一に提供する義務があり、公務員のリソースや配置、支援システムと国民の行政サービスへの満足度でいえば、バランスが取れているとは言いがたい状況でした。
結果から見れば、エストニアの電子政府化は戦略的に進められたようにも考えられますが、実際は地方への行政サービスの改善とサービス提供の効率化という必要に迫られた背景が、電子政府化に向けたきっかけだったと思います。
柿野:北欧といえばIKEA、NOKIA、LEGO、Spotify、エストニアではSkypeなどデザイン性とビジネスモデル、ITが調和した優良企業が多いように思いますが、理由はありますか。
山口氏:エストニア語はフィンランド語もそうですが、一般的に習得するには難しい言語で、英語の単語変化が5つほどなのに対し、14個にも変化します。日本語と同様、必要な場面で繊細な表現ができるため、この言語の複雑性は論理的思考の原点になっていると思います。
電子政府の取り組みを始めた当初、国民はほとんど英語ができませんでしたが、現在、約8割が英語でコミュニケーションできるようになっています。
この点は電子政府の恩恵というよりは経済規模が小さな国ですので、経済成長の活路を国内だけでなく、よりグローバルで展開するという国家戦略の結果だと思います。現在ではエストニアはEU諸国中、起業率でトップ、一人当たりのGDPもほぼ標準クラスとなっています。
(コンカー マーケティング本部 本部長 柿野 拓)
柿野:電子政府で提供される行政サービスですが、本当にすべてのサービスがオンラインで紙なしでできるのですか。
山口氏:はい。と言いたいところですが99%ですね。結婚、不動産取引、あと離婚(笑)の3つはオンラインではできません。
ただ、これらは仕組み的にできないというよりはノスタルジックな理由で残っているという文化的な背景もあります。例えば、結婚の場合は役人の人が来て、立会人となるという習わしがあり、不動産もこれは法律ですが、日本と同様に公証人が必要です。離婚は立会人を立てませんが、一応、電子ではやらないことになっています(笑)。
柿野:実際にオンラインで行政サービスを受ける時にはどのようにすれば良いのですか。
山口氏:国民全員にICカードチップ付きのIDカードが配布されていて、日本のマイナンバーカードみたいなものですね。PCに読み取り機がついているので挿入して、パスコードを入力すると行政手続きの画面に入れます。そこで各種行政サービスの申請や手続きを行うことができます。
ちなみにエストニアで販売されているPCにはIDカード読み取り機が内蔵されていますし、モバイルSIMを使用してスマートフォンから手続きを行なうこともできます。
(エストニア国民が所有する e-ResidencyカードとUSB端子デバイス)
電子政府に個人情報を開示することにリスクはないか?
柿野:行政は個人に関する情報をすべて閲覧できるわけですよね?私はあまり気にならないのですが、抵抗感が強い方もいるように思うのですが。
山口氏:とても重要なポイントだと思います。国民のプライバシーを守りつつ、効率的に行政サービスを均一的、かつ、統合して提供するには、既存のアプローチでは実現不可能です。エストニアはこの難しい課題解決を情報技術に求めました。
実はエストニアの電子政府はすべての情報を統合データベースとして蓄積しているわけではなく、分散されたデータをP2P技術で接続、統合サービスを提供しています。この仕組みを X-Road と言います。
柿野:だんだん難しくなってきましたね。。。もう少し実例でわかりやすくご説明いただけますか。
山口氏:X-Road はいわば各システムのデータのやりとりを監視する門番的な役割を果たしています。
例えば、知られたくない病歴などは、行政や医療機関に開示しないということができます。もちろん、手術や調薬に支障があってはいけないので、病歴情報はすべて開示し、どうしても知られたくない病歴だけを開示しないという選択ができ、プライバシーと医療サービスを両立させます。
また、個人情報へのアクセス履歴は基本的にすべて閲覧できますので、不審な点があれば、関係機関に問い合わせができるようになっています。
個人情報自体ではなく、アクセス履歴に対する徹底的な見える化が進んでいるため、X-Roadで個人情報のやりとりを希望しない人は皆無に等しいと言えると思います。
情報技術で求められるこれから働き方と必要な意識変革
柿野:少し視点が変わりますが、行政サービスのほぼすべてがオンライン化、自動化が進むと公認会計士や税理士、行政書士といった存在にも大きな影響が出そうですが。
山口氏:そうですね。これはAIやRPAの文脈でも同様ですが、定型業務を繰り返し行う業務は当然、自動化されます。
ですので、エストニアで士業をする場合、より付加価値の高いサービス提供が不可欠となります。必然的に社会全体の生産性と効率性が上がって行きますので、人口減少が加速度的に進んでいく日本でも、有効なアプローチになり得ると思います。
柿野:日本でも住基ネットやマイナンバーなど電子政府に向けた取り組みが進んでいますが、エストニアと同じようなアプローチで電子化を進めるべきだと考えますか。
山口氏:まず、大きな課題として人口減少があります。欧州や米国は移民政策によって経済規模を維持、拡大する取り組みを進めてきましたが、日本はどの国にも侵略された歴史を持たず、移民政策は現時点ではまだなじまないと思います。ではどうするか?
生産性をあげるしか答えはありません。
定型業務が多いサービスをオンライン化し、統合サービスを提供することで国民に煩わしいことをさせない。また行政サービスのオンライン化は民間主導のイノベーションを加速する効果も大きいと思います。
あまりメディアでは取り上げられていませんが、実は日本の電子政府の取り組みも時間をかけてですが、確実に進んでいます。サイバーセキュリティ基本法や官民データ活用推進基本法等は、エストニアも参考にしている法律です。各国なりのアプローチというものは、存在しても良いのだと思います。
柿野:私たち行政サービスを受ける側、日本国民にも新しい仕組みを使う上での姿勢も問われると思いますが。
山口氏:もし、日本で電子政府やマイナンバーが普及していないと思う人がいると思ったら、それは皆さん、一人一人の課題だと思っていただきたいです。
新しい仕組みや価値観、ツールは生活の中にどんどん入り込んできます。重要なことは正しく理解すること、イメージで判断しないこと。入り口で判断するのではなく、情報を集め、学習し、体験してみること。少しずつ身近でできることを実践していけば、より良い日本に近づいて行くと思います。
柿野:多様な価値観に触れたいですし、どんどん新しいものを吸収したくなりました。本日はありがとうございました。
山口氏:ありがとうございました。
本インタビューは9月11日開催の SAP Concur Fusion Exchange 2018 Tokyo のオープニングセッションでさらに詳しくお話をお伺いします。是非、ご興味をお持ちの方は こちら よりご参加ください。