第4話 - 日本の会計制度に影響を与えているIFRS(国際会計基準)とは? - 公開道中『膝経理』

Yosuke Noda |

こんにちは、有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士の中田清穂です。前回までの話でもたびたび登場したIFRS(国際会計基準)について、今回は再確認します。

私はセミナーを開催したり、メディアに寄稿したりしながら、経理を担当するみなさんに、グローバル企業を中心に採用が進むIFRSへの理解を深めていただきたいと思い、活動しています。収益認識基準の影響と対応を考えるうえで、IFRSの考え方の理解は必須です。

日頃から田中経理部長に頼りっぱなしの幸田社長が、果たしてどこまでIFRSを理解できるのか。みなさんと一緒に見守っていきたいと思います。

 

前回までのあらすじ

キンコンカン株式会社の社長室。田中経理部長から収益認識基準の基本的な考え方をヒントとして作られるバランスシートが、経営に活用できることを説明され、感銘を受けた幸田社長。愛知工場への視察で覚えた「収益認識」から、バランスシートの役割、日本の会計基準に影響を与えているIFRS(国際会計基準)など、話は縦横無尽に広がっていく。

スーパー経理部長を自任する田中経理部長は、経理や会計の話になると止まらない。自分でも気づかないうちに熱を帯びてしまうようだが、そんな田中経理部長をよそに、納得いかない顔をしている幸田社長。幸田社長はちょっと気になることがあるようだ。

 

何だかピンとこない、IFRSの重要性

幸田一郎社長 幸田

う~ん、わからない。

田中清経理部長 田中

私の説明が悪かったでしょうか。

幸田一郎社長 幸田

田中さんの説明はとてもわかりやすいですよ。でもね、田中さん、僕がわからないのはIFRSのことです。日本の新会計基準は、IFRS第15号「収益認識」を丸呑みしたって、田中さんは言っていましたよね。

田中清経理部長 田中

そうです。「収益認識」に関する会計基準がなかった日本は、世界から遅れを取ることを危惧し、結果としてIFRSを丸呑みして新しい日本の会計基準にしました。

幸田一郎社長 幸田

会計のことをよくわかっていない僕からしたら、IFRSってすごいものって感じがするんですよね。アメリカまでIFRSと一緒になって会計基準を見直したって話だから、世界中の国々がIFRSの影響を強く受けているってことはわかります。

田中清経理部長 田中

現状では99%に近い国が、同じ会計基準を使っています。それがIFRSです。

幸田一郎社長 幸田

そう聞くと、ルールとしてはIFRSじゃないとダメになるんだろうなって思うけど、IFRSを導入するメリットっていうのが、あまりピンとこないんです。

田中清経理部長 田中

なるほど。社長が会計の実務を担うわけではないので熟知する必要はありませんが、IFRSとは何かということを理解しておくことは、わが社の将来を考えるにあたって、とても重要なことです。それでは、もう少しお時間をいただきましょうか。

 

IFRSを適用するメリット

田中清経理部長 田中

社長、日本でIFRSを適用している会社って、何社くらいあると思いますか?

幸田一郎社長 幸田

検討もつかないなぁ。でも、IFRSって国際基準だから、海外に子会社があるとか、取引先が海外にないと、使う機会が少ないですよね。

田中清経理部長 田中

そうですね。すでにIFRSを適用している会社は178社(※注)あります。社長がおっしゃるように、海外に子会社が多い場合は、IFRSという同じ会計基準を使うことで、子会社の業績を正確に把握することができ、内部統制しやすくなります。それから社長、IFRSにおける「資産」とは何か。覚えていますか?

(注)日本取引所グループ(平成30年9月現在)発表。IFRS適用決定会社数は、IFRSを適用する旨をプレスリリースで正式発表している会社数を集計。

幸田一郎社長 幸田

あれだけ何度も言われたら、覚えているに決まってますよ。IFRSにおける「資産」は、「将来」の「収入」の「予測」でしょ。日本のこれまでの会計基準における「資産」とは真逆の意味なんでしょ。

田中清経理部長 田中

すばらしいですね!例えば、「減損」について考えてみましょう。社長は「減損」という言葉をご存知ですか?

幸田一郎社長 幸田

ここ数年、シャープ、パナソニック、新日鉄住金などが、数千億円単位の「減損損失が発生」なんて新聞記事が立て続けに出ている、あれでしょ?

田中清経理部長 田中

ちゃんと新聞を読んでるんですねぇ。その通りです。日本の会計基準でも、IFRSでも「減損」に関する会計基準があります。

幸田一郎社長 幸田

それならどっちの会計基準でも、発生する減損損失は同じでしょ?

田中清経理部長 田中

ところが違うんです。

幸田一郎社長 幸田

え?何で?

田中清経理部長 田中

日本の会計基準では、2年続けて赤字になったら「減損が必要ではないか」という手続きに入ります

幸田一郎社長 幸田

確かにうちの会社を公開させるときに愛知工場が赤字を出していて、監査法人から「翌年も赤字だったら減損ですよ」なんて脅かされたなぁ。でもIFRSは違うの?

田中清経理部長 田中

違うんです。IFRSは、当初予測していた利益を大幅に割り込みそうになったときに「減損が必要ではないか」という手続きに入るんです。

幸田一郎社長 幸田

同じじゃない?

田中清経理部長 田中

違いますよ。例えば、年初に愛知工場が10億円の利益を出す予定だったとして、1万円の利益しか出なかったとします。日本基準では、全く赤字じゃないので、減損の検討はしません。しかし、IFRSでは、当初予想の利益よりも著しく少ない利益しかでないので、減損を検討する必要が出てくるのです。

幸田一郎社長 幸田

だいぶ違う! でも、それがIFRSのメリットなの?

田中清経理部長 田中

「選択」と「集中」を判断するタイミングが、IFRSの方が早くなるでしょう。当初の目論見通りにはならないことを早めに「気づかせてくれる」ので、それは「経営スピード」にもつながりますし、特に会社にとって致命傷ともなる巨額の損失を抑えることにもつながるでしょう。

幸田一郎社長 幸田

会計処理の違いが、経営判断に影響を与えますねぇ。

 

こんなに違う、従来の日本の会計とIFRSの基本的考え方

田中清経理部長 田中

日本の会計基準が帰納法であるのに対し、IFRSは演繹法(えんえきほう)と言われています。帰納法と演繹法の違い、わかりますか?

幸田一郎社長 幸田

ええっと・・・、なんでしたっけ・・・?

田中清経理部長 田中

すごく簡単に説明すると、日本の会計基準は、各社が会計実務として実施している「共通の手続き」を「ルール」として作っているんです。つまり帰納法です。みんなが使っているものからルールをつくるので、「あるべき会計処理」には、必ずしもなりません。演繹法では「あるべき会計処理(理想)」を先に考えて、その理想に基づいてルールを作るんです。

幸田一郎社長 幸田

まったく逆のアプローチなんですね。しかし、「帰納法」とか「演繹法」とか、高校卒業以来、久しぶりに聞くなぁ。

田中清経理部長 田中

演繹法では、「あるべき会計処理(理想)」として仮説を立てながら作っていきます。その集大成が「概念フレームワーク」です。「財務諸表は何のためにあるのか」「何を資産として扱うか」などを先に検討し、概念としてフレームワークを決めて、そのフレームワークをもとに個々の会計基準を作るのです。その概念フレームワークの中でも、私が一番重要だと思っていることがあります。

幸田一郎社長 幸田

「基本中の基本」ってことですね。それは何ですか?

田中清経理部長 田中

IFRSにおける財務諸表は、「財務諸表を利用する人が意思決定をするうえで、役に立つものでなければならない」ということです。

幸田一郎社長 幸田

利用する人っていうと、投資家のこと?

田中清経理部長 田中

はい、私はそう理解しています。厳密には、財務諸表を利用するのは投資家だけではありません。しかし、弊社のように上場・公開した企業は、会ったこともない人からいただいた資金で事業ができるのですから、最も重要な「利用者」だと理解しています。投資家にとって重要なことは、「この会社に投資して、自分の資産を増やせるかどうか」です。その判断をする上で、財務諸表は最も重要な情報源と言えるでしょう。

幸田一郎社長 幸田

なるほど。IFRSにおける「資産」とは、「将来」の「収入」の「予測」ってところにつながるのか~。でも、役に立つために作るなんて、当たり前でしょ? 日本の会計基準は、そこも違うってことかぁ。

田中清経理部長 田中

他にもIFRSが将来の収入を映し出す「資産負債重視」ならば、日本は過去の結果の「損益重視」。これは何度もお話ししましたね。IFRSでは「今年いくら儲かったのか」はあまり重要ではなく「将来どのくらい儲かるか」だと。

幸田一郎社長 幸田

いくら儲かったかが大事な日本とは、根本的に考え方が違いました。

田中清経理部長 田中

それからもう一つ。「規則主義」である日本の会計基準に対し、IFRSは「原則主義」であると言われます。日本では税務も含めて、細かい「ルール」にしたがう実務が定着していますが、IFRSの基準書はほぼ原則的な要求しか定められていなくて、細かな「数値規準」などがほとんどないのです。細かいことは各社で決めなければなりません。「ルール通りにやるだけで良い」わけではないので、決算の現場で検討する負担は大きいといえます。

幸田一郎社長 幸田

うちは田中さんがいるから心強いけど、他の会社さんの経理マンは、ついていけるのかねぇ。

 

本当の意味でIFRSを理解するのはとても難しい

田中清経理部長 田中

日本の会計基準と比較すると、あらゆることが真逆ともいえるIFRSですが、やっかいなのは、日本が自国の会計基準を持ち続けながら、その中身をどんどんIFRSに近づけているという点です。「収益認識」に関しては、ほぼIFRSの丸呑みだと言いましたが、「収益認識」以外の基準は日本独自の基準として残っています

幸田一郎社長 幸田

つまりIFRSが改訂されていくと、せっかくIFRSに近づけた日本の会計基準との差が、また開いてしまうってことですね。

田中清経理部長 田中

EUなどはIFRSを強制適用しているので、そもそも差が開くということはありませんが、日本はIFRSの動向に左右される可能性が非常に高いのです。そんな背景もあり、公認会計士ですらIFRSを十分に理解して監査実務を行っている人は少数派でしょう。

幸田一郎社長 幸田

根本的なところから違うから、長年やってる人ほど理解が追いつかなそう。

田中清経理部長 田中

ですから、現在監査法人などが実施しているIFRSのセミナーの多くは、IFRSの「概念フレームワーク」をきちんと解説するものはあまり開催されていません。したがって、個々のIFRSの基準の内容を解説するだけで、それぞれの会社がどうすれば、IFRSが要求する「原則」に沿った財務諸表を作成するかを説明できていないと感じています。

幸田一郎社長 幸田

IFRSを理解するって、本当に容易なことじゃないんだな。……ん? でもどうして田中さんは理解しているんですか?

田中清経理部長 田中

え。それは私が努力をするスーパー経理部長だからですよ。

幸田一郎社長 幸田

それはそうですけど、うちでは海外勤務とか海外事業に関わる経験ってないじゃないですか。田中さんは父の代から当社で働いてくれているけど、あれ、当社で働く前って、田中さんはどこで働いていたんでしたっけ?

田中清経理部長 田中

まあまあ、私のことはいいじゃないですか、社長。

幸田一郎社長 幸田

怪しい……。

田中清経理部長 田中

……。

 

第5話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?」に続く

 

中田の一言

今回は、日本企業にとってのIFRSについて触れました。しかし、本連載の限られた文量で十分に理解できるほど、IFRSは簡単なものではありません。また、本連載の主人公は会計について知識の乏しい幸田社長です。経営者である幸田社長が最低限抑えるべき範囲のことから、お伝えしていきたいと思っています。

経理マンとしてもっと詳しい知識を得たいと思われる方は、私の書籍や私が講師を務める一般社団法人日本CFO協会の講座などをご活用ください。「膝経理、読んでいます!」とお声をかけていただけると、著者としても嬉しく思います。

さてIFRSの全貌を理解するのは容易ではないとしても、IFRS第15号「収益認識」を丸呑みして策定した、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」と、第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」の適用により、日本企業はどのような影響を受け、対応に迫られることになるのでしょうか。

次回からは、多くの会社が対応しなければいけなくなるポイントを、具体的に丁寧にお伝えしていきたいと考えています。

公開道中「膝経理」(リンク集)

第1話「慣習に過ぎなかったこれまでの売上計上手続 」
第2話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(前編)」
第3話「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(後編)」
第4話「日本の会計制度に影響を与えているIFRS(国際会計基準)とは?」
第5話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その1)」
第6話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その2)」
第7話「収益認識基準における売上計上への5つのステップとは?(その3)」
第8話「見逃せない、収益認識基準が法人税・消費税に与える影響とは?」
第9話「収益認識基準の影響で、付与したポイントの引当金計上は大幅見直し」
第10話「収益認識基準への改正で割賦販売の延払基準が廃止に」
第11話「収益認識基準では返品の見積を考慮した売上計上が必要に」
第12話「収益認識基準で売上計上が禁止になる有償支給取引とは?」
第13話「収益認識基準の登場で工事進行基準は廃止」
第14話「収益認識基準では、本人か代理人かで売上が激減することもある」
第15話「収益認識基準では、延長保証サービスの会計処理も変わる」
第16話「収益認識基準で「重要性の判断」はどうする?」

監修者プロフィール

中田 清穂(Nakata Seiho)

BOH_hero_nakataseiho_small_01.jpg公認会計士、有限会社ナレッジネットワーク代表取締役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員

1985年青山監査法人入所。1992年PWCに転籍し、連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年独立し、有限会社ナレッジネットワークにて実務目線のコンサルティングを行う傍ら、IFRSやRPA導入などをテーマとしたセミナーを開催。『わかった気になるIFRS』(中央経済社)、『やさしく深掘りIFRSの概念フレームワーク』(中央経済社)など著書多数。

ちなみに、連載タイトルは「東海道中膝栗毛」からです。「膝経理って何?」という質問が多かったので、お知らせです。(編集部)

監修:中田清穂 / 執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔